■はじめに
―執筆 特定社会保険労務士/RSTトレーナー(建設) 山本多聞

建設業において、しばしば「労災保険を使うと労基署が調査にやってきて、作業が止まってしまう」という噂を耳にします。
これは半分当たっているのですが、正確には、労基署が労災事故の報告を受けた上で、安全衛生管理に問題がありそうな現場、今後も労災事故が発生しそうな現場と判断したから調査にやってくるということでして、必ずしも労災保険の申請を行ったからといって、労基署が調査にやってくるということはありません。
建設業であれば労基署が調査にやってくる機会はなにかとあります。
ある日突然、現場に臨検(臨時の検査)が入ることもあり、安全衛生管理に問題があり、労災事故発生の恐れありと見られれば、作業停止、使用停止、立入禁止などの命令書が出されて、指摘された点を改善して報告を行うまで、作業が止まってしまいます。
いずれにせよ、労災保険の申請や報告は労災事故が発生すれば行う必要がありますので、作業を止めないためには、安全衛生管理を十分に行い、労災事故の発生しない現場づくりを進めていくことが必要といえます。

■現場に対する労基署の調査はいつ行われるのか?

一斉調査
年間計画の中で行う巡回のようなもの。抜き打ちで行われる。
災害調査、災害時監督
労災事故が発生した際の現場検証、または安全衛生管理に問題があると疑われる場合の調査。
いわゆる申告時調査
関係者から申告があり、調査の必要があると認めたときに実施。
再監督
是正勧告や指導の内容が実施されているかの調査。

■労基署の調査に応じない場合はどうなる?

労基署の調査を行う労働基準監督官は、労働法令遵守の指導や違反行為の取締りの為、法律により次に掲げる権限を賦与されています。

  • 事業所及びその附属建設物への立入調査権
  • 帳簿・書類、証拠物件などの提出要求権
  • 事業主や労働者に対する尋問権、報告命令権、出頭命令権
  • 事業所の附属寄宿舎に関する即時処分権

※労働基準監督署の全ての職員に上記の権限が賦与されている訳ではありません。

理由なくこれを拒み、妨げた場合には、労働基準法第120条により事業主(法人・社長)を30万円以下の罰金に処する、および労働安全衛生法第120条により、事業主(法人・社長)を50万円以下の罰金に処するとされています。

■現場に対する労基署の調査の際、よく調べられるポイントとは?

労基署の調査では、およそ以下の点について調べられます。現場の作業内容によって調査の内容は異なります。

  • 労災保険関係成立票が掲示されているか、労働保険の手続きは適切に行われているか
  • 安全衛生委員会等の設置や運営が行われているか
  • 職長、安全衛生責任者が必要な業務に配置されているか
  • 作業主任者が必要な業務に配置されているか
  • 墜落、転落防止の措置(足場の設置、安全帯の使用など)がとられているか
  • 一酸化炭素や有機溶剤など、中毒の恐れがある場所の換気が十分か
  • 敷地内に倒壊、爆発、火災のおそれはないか
  • 機械装置(クレーンなど)の使用方法が適切か(資格者を配置しているか)
  • 長時間労働を行っていないか、休憩を取れているか

■現場に対する労基署の調査の結果、会社が受ける影響とは?

重大事故が発生した場合

・調査のため、全作業が一時停止となる…など
・事業主に重大な過失があると判断されて送検される…など

明確に法違反があり、改善しなければ再開が認められない場合

・特定区画の一時立入禁止命令を受け、改善するまで立入できなくなる…など
・機械等の一時使用停止命令を受け、改善するまで使用できなくなる…など

明確に法違反があり、改善が必要と認める場合

・是正勧告書を渡され、指定期日までに改善のうえ、報告をすることになる…など

明確に法違反があるとはいえないが、改善が必要と認める場合

・指導票を渡され、指定期日までに改善のうえ、報告をすることになる…など

明確に法違反がある場合は「是正勧告書」 が交付され、指定期日までに改善し、報告することが義務付けられます(是正勧告に応じない場合で悪質と判断されると、法人・社長が送検され、事案が公表されることもあります)。
ただちに法違反とは言えないが改善が必要な場合は「指導票」が交付されます。指定期日までに改善し、報告するよう指示されます。是正勧告書と比べると緊急度・義務付けの度合いは低いと言えますが、対応のうえ提出しておくのが無難と考えます。

特定社会保険労務士/RSTトレーナー(建設)
山本多聞からのアドバイス
―「労災隠し」はやめましょう。発覚すると問題が大きくなります。

事業主が労災保険の申請をせず健康保険で処理したところ、後々事故にあった労働者から労基署へクレームが入り、「労災隠し」が発覚するというケースがよくあります。
「労災隠し」を行ってしまう原因としては、下請け会社が元請への印象を気にする場合や、元請け会社が発注者への印象を気にする場合(特に公共工事)、大規模現場であればメリット制による保険料率が上がってしまうのを嫌うことなどもあります。
また、労災の手続きが面倒だということも言われますが、起こってしまったことは致し方ありません。
「労災隠し」がのちのち発覚すると罰金や企業名の公表などもあり、リスクを考えるととてもお勧めはできません。健康保険や民間の保険などで処理しても、わりあい発覚してしまうものです。

■労災事故が発生した場合の報告手続き・期限はいつまで?

労災事故が発生した場合には元請け事業主が保険給付の請求書の作成(証明)を行うことに加え、被災した労働者を直接雇用する事業主が、労働安全衛生法による報告を行う必要があります。

(労災事故により休業3日以内の場合)

・労働者死傷病報告(様式第24号)
→ 3ヶ月に一度、期間ごとに発生した労働災害をとりまとめて労働基準監督署へ
※1~3月発生分は4月末まで、4~6月発生分は7月末まで、7~9月発生分は10月末まで、10~12月発生分は1月末まで

(労災事故により休業4日以上または死亡の場合)

・労働者死傷病報告(様式第23号)
労災事故発生から遅滞なく(おおむね1週間以内)に労働基準監督署へ

現場に対する労基署の調査の対象となった際の対応
よくある問題と解決策

Case1

労基署からの調査の連絡があったが、忙しいのでとくに対応していない。

決策

そのうち担当官が会社や現場に訪問してくるので、早めに対応する準備を進めましょう。

Case2

労災事故が発生した場合、元請けと下請けどちらに責任があるのか。

決策

労働安全衛生法ではおよそ現場全体を統括するのは元請けの責任、作業員への指示は元請けと下請けが共同して責任を負うとなっていますが、あくまで実態に即して判断されます。

Case3

労災事故が発生してしまったが、元請けに迷惑を掛けない方法はないのか。

解決策

すみやかに元請けに連絡して、連携して対応するのが最善です。

Case4

労災事故にあった労働者が自己判断で健康保険で治療を受けてしまった。

解決策

すぐに医療機関と労災保険として処理する旨の連絡をとり、元請けで労災の請求書を作成(証明)してもらったうえで、切り替えの手続きを行いましょう。

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