■はじめに
―執筆 特定社会保険労務士 山本多聞

仕事中の事故によりケガなどが発生した場合には労働災害(労災)といい、労災保険の請求手続きを行って、治療や休業などの補償を受けることになります。少し手間はかかりますが、健康保険を使ってはいけません。
ケガなどが労災かどうかを判断するには、業務遂行性(仕事を行っている最中に発生した)および業務起因性(仕事が原因となって発生した)の有無が問題となります。
たとえば、会社の階段で転んで捻挫してしまった、カッターで指を切ってしまったなどといった場合であれば、一般的に労災といえます。
また、通勤中のケガなども、通常の通勤中の(寄り道をしていない)ものについては、労災保険の対象となります。
労災の請求手続きについては以下の通り、療養の給付および費用(治療)、休業補償(無給期間の所得)、傷病補償(ケガや病気が治らず重篤なとき)、障害補償(障害が残り重篤なとき)、遺族補償(遺族)について行う必要があります。

■労災指定医療機関で治療(療養の給付)を受ける時の手続き・期限はいつまで?

従業員が労災により治療を受ける際に、病院・薬局が「労災指定」であれば、窓口で「労災による治療である」旨を伝えることで、費用負担なしに治療を受けることができます(労災の手続きが終わるまでの間、治療費の全部または一部を一時的に病院に立て替える必要がある場合はあります)。その際の手続きは以下の通りです。

・療養(補償)給付たる療養の給付請求書
医療費が発生してから2年以内(速やか)に病院の窓口を経由して労働基準監督署へ
※療養の給付にかかる請求のため、2年の時効となります。ただし、治療を受けた場合には医療機関へ療養の給付請求書を提出しないと費用の精算を行うことができないため、速やかに提出します。

電子申請の手続きには対応せず、書面での手続きとなります。

■労災指定病院以外で治療(療養の費用)を受ける時の手続き・期限はいつまで?

従業員が労災により治療を受ける際に、病院・薬局が「労災指定」でなかった場合はいったん費用を立て替えて、後日精算する手続きを取ります(手続きが完了すると、立て替えた費用が全額戻ってきます)。その際の手続きは以下の通りです。

・療養(補償)給付たる療養の費用請求書
医療費が発生してから2年以内(速やか)に病院の窓口を経由して労働基準監督署へ
※療養の給付にかかる請求のため、2年の時効となります。ただし、治療を受けた場合には医療機関へ療養の給付請求書を提出しないと費用の精算を行うことができないため、速やかに提出します。

■労災により4日以上の休業をし、賃金を受けない時(休業補償)の手続き・期限はいつまで?

従業員が労災により4日以上休業し、賃金を受けないときは、健康保険から、1日につき給付基礎日額(いわゆる平均賃金の日額)の80%にあたる休業補償給付が受けられます。その際の手続きは以下の通りです。

・休業(補償)給付支給請求書
各休業日から2年以内に労働基準監督署へ
※休業(補償)給付にかかる請求のため、2年の時効となります。

休業4日以上の労働災害が発生した場合に必要な届出

休業4日以上の労働災害が発生した場合は、労働基準監督署へ報告を行うことが必要となります。

・労働者死傷病報告
休業4日以上の労働災害が発生後、遅滞なく労働基準監督署へ

電子申請の手続きには対応せず、書面での手続きとなります。

■労災によるケガや病気が1年6ヶ月を経過しても治らず、一定の状況に該当する時(傷病補償)の手続き・期限はいつまで?

労災によるケガや病気が療養開始後1年6ヶ月を経過しても治らず、一定の「傷病等級」に該当する状態であるとき、傷病(補償)年金および一時金を受けられます。
支給については、ケガや病気が治っていない場合に提出を求められる「傷病の状態等に関する届」(療養開始後1年6ヶ月時点)および「傷病の状態等に関する報告書」(以降毎年1月)により労働基準監督署長が決定するため、別段請求の手続きは必要ありません。

なお、ケガや病気が一定の状態にあり、介護を要する場合には介護(補償)給付の対象となります。

・介護(補償)給付支給請求書
対象となる月の翌月の1日から2年以内に健康保険協会へ
※介護(補償)給付にかかる請求のため、2年の時効となります。

電子申請の手続きには対応せず、書面での手続きとなります。

■労災によるケガや病気が治ったものの、一定の障害が残った時(障害補償)の手続き・期限はいつまで?

労災によるケガや病気が治ったものの、一定の「障害等級」に該当する障害や後遺症が残ってしまったとき、障害(保障)年金または障害(補償)一時金を受けられます。 その際の手続きは以下の通りです。

・障害(補償)給付支給請求書
ケガや病気が治った日から5年以内に労働基準監督署へ
※障害(補償)給付にかかる請求のため、2年の時効となります。

なお、障害が一定の状態にあり、介護を要する場合には介護(補償)給付の対象となります。

・介護(補償)給付支給請求書
対象となる月の翌月の1日から2年以内に健康保険協会へ
※介護(補償)給付にかかる請求のため、2年の時効となります。

電子申請の手続きには対応せず、書面での手続きとなります。

■労災事故により、死亡した時(遺族補償)の手続き・期限はいつまで?

労災により死亡してしまったときにおいて、妻または、その他の遺族(夫、子、祖父母、孫、兄弟姉妹)が一定の年齢にある場合、遺族の数に応じて遺族補償年金または一時金が支給されます。

・遺族(補償)年金・一時金支給請求書
従業員が死亡した日から5年以内に労働基準監督署へ
※遺族(補償)給付にかかる請求のため、5年の時効となります。

電子申請の手続きには対応せず、書面での手続きとなります。

また、葬儀の費用が支給されます。費用は315,000円に給付基礎日額(平均賃金)の30日分を加えた額です。その額が給付基礎日額の60日分に満たない場合には、給付基礎日額の60日分です。

・葬祭料請求書、葬祭給付請求書
従業員が死亡した日から2年以内に労働基準監督署へ
※葬祭料、葬祭給付にかかる請求のため、2年の時効となります。

電子申請の手続きには対応せず、書面での手続きとなります。

執筆者(特定社会保険労務士 山本多聞)からのアドバイス
―社長や役員が労災保険の補償を受ける方法があります。

従業員の仕事中のケガは労災保険で補償を受けることができますが、社長や役員にあたる方は労働の対償として賃金を受ける者(労働者)ではないので、労災保険の補償をうけることができません。
ならば、健康保険を使えるかというと、従業員5人以上の会社の社長や役員、または従業員5人未満の会社でも、従業員と同じような業務をしていない社長や役員については、仕事中のケガについて健康保険を使うこともできません。
つまり、仕事中に事故に遭うと、自費診療(10割負担)にする他ありません。
こうした状態を解消するために民間の労災保険商品や損害保険商品などもありますが、一定の条件をクリアできれば、「中小事業主の労災保険特別加入」という制度を利用し、社長や役員の方も安価な費用で国の労災保険に加入することができます。

社会保険の標準報酬月額変更手続き
よくある問題と解決策

Case1

労災にあたるか判断が微妙であるが、どうしたらよいか。

決策

まず、所轄労働基準監督署または社会保険労務士に相談しましょう。場合によっては、とりあえず労災の請求を出して労災か否か、判断を仰ぐようなこともあります。

Case2

従業員が健康保険で治療を受けたが、後日労災であることを指摘され、健康保険協会から医療費の返還を請求された。

決策

健康保険協会に医療費を返還した後、その領収証を添付して、労働基準監督署へ療養の費用請求書を提出すると、支払った費用が戻ってきます。労災には3割の自費負担がないため、少し得をした印象を受けるかもしれません。

Case3

労災の補償を任意保険で処理したところ、労働基準監督署から労災隠しを指摘された。

解決策

任意保険の処理であっても、休業4日以上の事故である場合には労働安全衛生法による労働者死傷病報告が必要となります。

Case4

交通事故により負傷した際に相手方が示談を提示してきたが、応じてよいか。

解決策

示談を行うと労災の申請が行えなくなるため、応じるべきではありません。なお、交通事故の場合は、過失割合に応じて相手方の自賠責保険や民間の保険により損害がカバーされることもあり、場合によっては労災の申請を行う必要がない場合もあります。

Case5

休業補償給付を受けている従業員が退職することになったが、退職後の休業補償給付はどうなるのか。

解決策

労災の請求は退職後も要件に該当すれば、引き続き行うことができます。退職後の申請は会社の証明は不要となり、本人が直接労働基準監督署へ行います。

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